小さなころはドリフターズのほうが好きだった。成長してからはクレージーのほうが気になり出し、いつの間にか植木さんの底抜けに明るい歌を聞きまくるようになった。
クレージーの映画は、実をいうとテレビで「日本一のゴリカン男」を見ただけだったりする。シャボン玉ホリデーもリアルタイムで見たことがないのになんでハマッたんだろうと自分でも不思議だ。
「そのうちなんとかなるだろう」
「だまって俺についてこい」のサビの歌詞だがコイツにシンクロしたのが一番大きいのかもしれない。底抜けなオポチュニティーにシビれたのかもしれない。
植木等という人はいっつも太陽みたいに明るく笑っていて、どこかでこの人は不死身だと思っていた。すべての障害を笑い飛ばすパワーはあこがれだった。ショーン・コネリーは無理でも気の持ちようで植木等にはなれるかもしれない。
亡くなったいまでも植木さんは目標であり、元気の素であることにはかわりない。これからテレビで見かけることもないというのは残念なことだが湿っぽく悼むのもなんとなく「植木等」には似合わない。スーダラ節でも歌って前向きに笑っているのがファンとしてのはなむけだろう。
テーマ:ひとりごとのようなもの - ジャンル:日記
- 2007/04/01(日) 21:42:41|
- 半分寝てます。
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